文官達がせわしなく行き合う中、自席で船を漕ぐ雲騎将軍がひとり。
一体彼のデスク上の書類の山はいつ片付くのだろう。処理しても、またすぐに山ができる。一眠りしてから本格的になんとかしようと思い立った矢先、視界の脇にある女性がうつった。
「{{name}}・・・・」
小さな写真立てにうつるは、最愛の妻。そっと景元は彼女の輪郭をなぞる。最後に家に帰ったのはいつだろうか。きっと彼女は今日もひとりで寂しくしているだろう。いつまでも妻を待たせるのはよろしくない。
大きなあくびをかき、今日はこの書類を片付けて帰ろうとやる気をだす。帰ったら彼女をうんと可愛がって、愛してあげようと筆を手に取った瞬間、非常に慌てた様子で雲騎軍が景元に駆け寄った。
「はぁ・・・、はぁ、景元将軍!大至急のご連絡です!!」
「全くよしてくれ、今日こそは家に帰って妻と・・・」
「いえ!将軍の奥方様が倒れて、緊急搬送されたとのことです!」
「な・・・」
突然の報に、景元はやっとの思いで持ち上げた筆を落とした。カタンと筆が床に転がる音は彼の耳に嫌に響いた。
景元は搬送先の病院へ星槎を出し、急いで向かっていた。到着するまでただ座って待つのが彼には尋常なくもどかして仕方がなかった。星槎の方が速いとわかっていても、自分の足で走ったほうがいくらかましと思える程に。
景元は頭を巡らせていた。だが、いつものように頭が回ることはなかった。ただ、{{name}}の無事と回復を祈ることしかできなかった。{{name}}は羅浮人ではない。{{name}}は本人曰く、地球という星から突然飛ばされ羅浮に来たという。景元は地球という星を聞いたこともなければ、知る由もなかった。きっとどこか遥か彼方に存在しているのだろうと考えていた。
彼女を愛することに生まれの星は景元にとって些細なことだった。その体が短命種に近いことも。加えて{{name}}は体が弱く、持病もあった。その病名も、羅浮では聞いたことのない名前のものだった。
病気を根本的に治せるわけではない。仮に治ったとしても、短命種と長命種の寿命の差は明らか。長命種にとっては早くも別れがくるだろうと景元と{{name}}は承知の上。そのうえでふたりは確かに愛しあっていた。
搬送先の病院に到着し、広い個室へと招かれ景元が見たものは弱々しく呼吸する妻の姿だった。
景元はすぐに{{name}}に駆け寄り、名を呼ぶ。{{name}}はゆっくりと目を開け、かすかな声で返事をした。
「景元、わた、し、ここ、まで、みたい」
{{name}}に付き添う医者が言うには、やはり彼女は短命種に近い体のため、羅浮の延命処置は効かないということだ。このまま死にゆく妻を看取るしかないことに景元は、拳をギシギシ握りしめた。
最近は体調も良いときいていたから、病状が急に悪化するのは景元のとって予想外に近いことだった。いや、彼女の病ならいつこうなってもおかしくないはずだ。いつもならどんなことも先回りしていただろう。何故、今回はできなかった?しかも、何日も妻をひとりっきりさせて。
「自分を、責めないで、景元」
「っ!」
{{name}}はそっと景元の握り拳に触れた。彼女は、苦しいけど、死ぬことは案外怖くないと話した。
「怖いのは・・・、もう、あなたと、逢えない、こと、かしら」
「{{name}}・・・」
{{name}}は残されたわずかな時間と力で懸命に言葉を紡いだ。景元にとってはほんの一瞬だったとしても、彼女にとっては十分に生きれて、とても幸せだったと。景元はただ、彼女の言葉を黙って聞いていた。
「わたしは、羅浮に来て、結局、地球に、還れなかった、けど」
「それでも、最初に、出逢えたのが、景元、あなたで本当に良かった」
「こんなわたし、を傍において、くれて、ありがとう」
{{name}}は少し目を伏せて、再び景元へ目線を戻した。
「ね、景元、あなたには、別の、素敵な、女性と恋、して欲しいな」
「! ・・・その願いはきけない。私が君以外の女性となど」
今の景元にとっては、彼女以外の女性は考えられなかった。たとえ別れがどんなにはやくても。その願いは彼にとっては残酷そのものだった。景元の言葉に一瞬、{{name}}は驚いたが、再び口を開いた。
「なら、」
「もし、生まれ、変われる、ものなら、」
「もう一度、あなたの元へ、巡りたい、ううん、何度でも」
輪廻転生。短命種に伝わる魂の循環。それが本当だとしたら、いくらでも彼女を探しだしてみせる。根拠も、広い宇宙の中で見つけ出す方法もないのに、景元はそう強く思えた。
「けい、げん・・・」
「{{name}}?」
「まぶた、が、重い、よ」
「! だめだ、{{name}}、」
手を握ってと希う彼女の手を景元は両手で包んだ。今目を閉じれば、{{name}}は永遠に目を覚まさないだろう。お互いそれを悟り見つめ合った。景元は彼女へ言葉を紡ごうとしたが、喉先で消えてしまった。それがもどかしいことこの上なかった。だが、愛してるだの、逝かないでくれだの言葉をかけるより最期まで{{name}}の生きる姿をこの目で焼き付ける方が、景元は重要に思えた。沈黙が続く中、{{name}}は力を振り絞り、頭を上げて、景元の唇へ自分のと重ねた。
「っ、」
「愛、してる、景、げ・・・」
景元が瞬きした直後、{{name}}は目を閉じていた。景元は彼女の名を叫んだ。病室に彼の叫びが響いたが、{{name}}は目を覚ますことはなかった。
景元はいつかこうなるとはわかってはいた。それを知った上で彼女と結ばれたのだから。ただ、彼にとって、先立たれるこの日がくるのが早すぎたのだ。たとえ、{{name}}が十分に生きれたと感じていても。
景元は妻を失ってから体に穴の空いた感覚を覚えていた。いくら短命種に輪廻転生があっても、彼女を探しだすと誓っても、この数十年間はその気が起きないほど喪失感に覆われていた。彼女の面影を追いかける自分がいることに景元は気がついた。用もないのに街へ出て、ふたりで過ごした時間を思い出しては、胸を痛めての繰り返し。おまけに彼は何度も悪夢に苛まれていた。彼女が逝くその瞬間を。それでも彼はいつか前を向いて歩けることを、{{name}}と再び逢えることを信じて。
それからさらに長い年月が経った。
景元はまた街の中の人混みの中に紛れていた。スマホを取り出し、時間を確認する。まだ昼休憩の時間はある。一歩足を踏み込むその瞬間。景元は女性に声をかけられた。
「すみません、道をお尋ねしたいのですが」
その声には嫌にも覚えがあった。このやり取り自体にも。声がする方向へゆっくりと振り向くと、自分が愛した女性、姿変わらずのまま立っていた。景元は思わず、名前を口に出してしまう。
「え?どうしてわたしの名前を・・・?」
しまったと景元は思った。だが、その女性の次の言葉に疑惑が確信に変わった。
「あなたは・・・景元、よね?」
「!!」
その日景元は街へ出るとき身分を隠すため、髪を下ろし、変装していた。だが、変装した自分を見破ったのは今まで{{name}}のみ。高まる想いに任せて景元は彼女を強く抱きしめた。はじめて{{name}}に出逢った時も彼女から道を尋ねられたのだった。
「{{name}}、私を、覚えているか?」
{{name}}と呼ばれた女性は、瞳を揺らし、涙を浮かべて強く頷いた。