部屋がぼんやりと明るくなりつつある早朝に、枕元のスマホが定時を知らせるため、アラーム音を鳴らし始めた。
「う、・・・ん」
スマホに手を伸ばしてアラームを止め、ゆっくりと身を起こす。うんと、躰を伸ばしてベッドから降りた。カーテンを開け、日差しを浴びる。今日も羅浮はいい天気だ。
わたしの朝は早く忙しない。手早く身支度を始める。顔を洗って、いつもの支給服に着替えて、髪を整えて、化粧して・・・。そうして、鏡の前に立っては写る自身の姿を確認する。よし、これで大丈夫!そういえば今日はわたしは食事当番だ。いつもはもう少しだけゆっくりできるが、そうはいかない。
ぱちんと両頬を叩く。うん、今日もお仕事頑張るぞ。わたしは自室の扉を開け職場へ向かった。
「おはようございます」
「おはよう、{{name}}」
朝の挨拶が飛び交う中、わたしは厨房に向かい同僚たちの食事を作り始める。さて、朝食の献立はどうしようか。
そう、わたしは仙舟同盟「羅浮」の雲騎将軍、景元さまの家政婦のひとり。いわゆるメイドさんという職業だ。わたしは貧しい家庭環境だった為、景元さまの屋敷へ幼い頃に奉公へきた。ここは給料もしっかり支払ってくれる良職場。少しずつ実家へ仕送りしたかいがあって、今では普通といえるくらいには経済状況は良くなった。わたしはそれには心から感謝しているし、恩を返すためここで働き続けることにした。こう見えて歴だけは長い。
景元さまとは歳が近いのもあって、遠い昔、隠れて一緒に遊んだときもよくあった。周りには大人しかいなかった当時は肩身が狭くて辛かったが、彼のおかげで乗り越えれたともいえる。それから雲騎軍に入り、やがて将軍となった景元さまとは、会う機会は極端に減ったが、それでも彼への感謝と心の底にある想いは少しも変わりはしない。想いが叶う叶わないの問題ではない。わたしのすることが彼のためになるのなら、それだけで十分に満たされるのだから。
主のいない屋敷でも家政婦たちは回り続ける。それはいつでも、そしていつお戻りになるかわからない大切な主さまを丁重に迎えるためだ。朝食を終えたら朝の清掃及び洗濯だ。各自担当箇所へ向かい掃除を開始する。
わたしが長い廊下をモップがけしていたときだ。談笑しながら、洗濯物をつめた大きなカゴを運んでる同僚ふたりが通り過ぎる。
「ねぇ!今夜、景元様が数カ月ぶりにお戻りになるそうよ!」
「え!それドコ情報?ほんとだよね?」
「本当よー!」
それを聞いた刹那、ドクンと心の臓が跳ね上がった。景元さまが、お戻りになる。単純なわたしはこれだけで一層仕事を頑張れる。でもどうしよう、嬉しくて鼓動の高まりを抑えられない。できることなら、遠くからでも構わない、景元さまのお姿を拝見したいな・・・。
しかし家政婦たちの情報網は馬鹿にできない。わたしも家政婦だが、一体どこでどのように仕入れているのか全く不明だ。ただ、信憑性は経験上高めの傾向にある。もしそうなら、今日は普段以上にお仕事に励む必要がある。日々羅浮のために勤しむ景元さまを気持ちよくお迎えするために。
「今夜、景元様が約三か月ぶりにお戻りになる。皆、普段以上に気を引き締め業務に取り組むこと」
昼休憩後のミーティングで上長は、最初に景元さまのご帰宅の話を切り出した。やはり噂は本当のようだ。それを聞いた同僚たちは、わっと声を上げ、家政婦専用の控室はざわざわし始めた。無理もない、なにせ三か月ぶりだ。こんなに長く帰ってこないのは何時以来だろう。普段なら景元さまは数日置きには帰宅されている。きっとわたしたちが想像する以上の仕事に追われていたのだろう。ゆっくりと屋敷で体を休んで欲しい。
静粛に!と上長は騒ぐ同僚たちを制し、午後の業務連絡を再開した。
「どうしてこうなった」
おかしい。昼のミーティングでは皆で景元さまの久方ぶりのご帰宅をお出迎えするという話だった。なのに今玄関で、景元さまのご帰宅を待機しているのはわたしひとりだけだ。順を追って説明する。景元さまの帰宅予定時刻30分ほど前のことだ。控室に手の空いた同僚たちが集まり、皆で景元さまのご帰宅直前まで待機するという指示だった。わたしも業務を極力早く片付けて、景元さまを出迎えるべく、控室へ駆け込んだ。
「わたしも、一緒に行かせてください!」
上長が同僚たちを集め、まさに玄関へ移動し始める直前のタイミングだった。わたしの掛け声で皆が一斉にこちらに振り向いては沈黙が訪れた。上長と同僚たちが無言でお互いに目を合わせ、納得した様子で頷く。その様子にわたしの頭上に疑問符が浮かんだ。
「どうぞ、どうぞ、どうぞ」
まるでどこかのお笑い芸人のようなノリで皆がそう言い、解散し始めたのである。上長はわたしの肩にポンッと手を置き、「あたたかく景元様を出迎えるんだぞ」と言い残して控室から出て行った。そしてひとりになった控室で、わたしは状況が上手く理解できず、疑問符を飛ばしまくっていた・・・。
だが、控室で突っ立ってる場合ではない。わたしだけでも景元さまを迎えなくては!と、控室から出て玄関で待機している、というがことの経緯だ。
ふと時間を確認すべくスマホを取り出す。時間は帰宅予定時刻丁度。そろそろお戻りになるだろう。あぁ、どうしよう、緊張してきた。久し振りに景元さまに会えるから仕方がないとしても、ドッドッドッと心臓が他人に聞こえそうなほどうるさい。皆一緒ならこんなことないはずなのに。どうして皆はわたしに託して帰ってしまったのだろう。いや、わからないことにこれ以上考えても無駄だ、{{name}}。これからすべきことに集中しろ!
それから約2分後のこと。玄関扉が誰かによって開けられた。その音にハッとして顔を上げた。
「只今戻った」
「! け、景元さまっ!おかえりなさいませっ」
「おや、君ひとりかい?」
屋敷の主、景元さまがお戻りになられた。わたしは彼に駆け寄り声をかける。出迎えがわたしひとりだけからなのか、景元さまはほんの少し驚いた様子だった。それを察したわたしは慌てて彼に謝った。
「申し訳ございません!他の者は業務中で。その、手が空いていたのはわたしだけでして・・・っ!」
なんと言って詫びれば分からず、それらしいことを適当に言葉を並べる。あーもう、頭の中はめちゃくちゃ、必死に頭を下げるわたしがいた。
「{{name}}、顔を上げて」
「へ?」
言う通りにすれば、眼前のあなたはわたしに優しく微笑みかけていた。そっと景元さまは右手を伸ばし、わたしの左頬へ添えた。それだけでうるさい心臓はより騒々しくなる。あぁ、目に毒なくらい、なんて綺麗なお方なのだろう。お姿も、佇まいも、全て。
しかし、何故彼は微笑んでいらっしゃるのか、わたしには理解できなかった。その間彼を見上げてボケっとしていたからか、景元さまのお顔が一寸先の間近にまで迫っていることに気がつくことができなかった。それに驚いたときにはとっくに景元さまに唇を奪われていた。その口付けは固まってしまった砂糖を口へ放り投げられたように甘さが広がっていった。なんて、なんて甘いのだろう。
「そうして真っ赤になる君は本当に愛い」
「っ、あ、あの、・・・・」
彼の柔らかい唇が離れた後、わたしの耳元でそう囁いた。最早わたしは立って、状況を受け止めることだけで精一杯だった。
「出迎えのことなら一向に構わないよ、むしろ、これで良い」
「え・・?」
「今日のように君が毎晩私を出迎えてくれたらと思う」
「??」
反応に迷っている(というより、景元さまの仰る内容が理解できていない)と、彼は困ったように眉を下げて笑った。が、直ぐに表情を戻してはわたしを真っ直ぐに見つめた。わたしは囚われたかのような感覚を覚え、目を逸らせなかった。一体どれだけの間、わたしたちは静かに見つめ合ったのだろう。彼の眼差しは酷く優しくて、甘くて。
それからのことは実はよく覚えていない。気が付いたときには自室のベッドの上で支給服のまま横になっていた。時刻はとっくに終業時間を過ぎていた。整理するために、わたしはそのままの状態で今日のことを冷静に振り返った。
いつもの時間に起床し、いつもの時間に就業開始した。
今日は食事当番だから、朝食を作った。
その後、いつものように業務にあたった。
昼のミーティングで景元さまが3ヶ月ぶりに戻ることを知る。
帰宅予定時刻に皆で出迎えるという話をする。
しかし何故かわたしだけで出迎えることになる。
景元さまが帰宅する。
そして彼に・・・
ボンッと音が聞こえそうなほど、顔が熱くなっていく。わたしは景元さまに一目お会いできるだけで、こんなにも満ち足りた気持ちになるのに、見つめられて、触れられて、き、キスされて・・・あのとき完全にわたしの理解力のダムのようなものは決壊してしまった。景元さまが何故そのような行動をとったのか、非常に謎で理解ができなかった。たとえ悪戯やからかいにしても度を過ぎていると思う!景元さまもお人が悪い。
・・・やはりというべきか、あれ以降のことを思い出すことは結局できなかった。
次の日の朝、身支度を終わらせたとき、ドアをノックする音が聞こえた。こんな朝早くからだと上長か同僚くらいかと思い、特に考えることなくドアを開ければ、会いたいけど、できれば会いたくない方が目の前に立っていた。
「おはよう、{{name}}」
「お、おはようございます、景元さま・・・」
「昨夜はすまなかったね、お詫びといってはあれだが、受け取って欲しい」
「そんなっ、悪いです、わたしが勝手に混乱しただけですのでっ」
景元さまは手に小さな花束と、高級菓子が入ってそうな、きれいな装丁の箱を抱えていた。なんて律儀な方なのだろう。昨日のことを完全に気にしないようにすることは、今はまだ無理だが、それでも彼の心遣いに感動したその矢先。
「なら、」
「?」
「私にキスされても良いと、そう解釈しても構わないのかな?」
「!!!」
お互いの唇があと数cm寸前の距離で景元さまはそう仰った。何故そう解釈する!だとか解釈違いです!だとか、すぐに言えるように反応できれば良いが、生憎、わたしはそんな体はしていない。昨日のように、顔を赤くしては思考停止するしかなかった。
供給量が、多すぎる。景元さまという供給が、私の理想の需要を遥かに超えている。例えるのなら、公式様からの供給があまりにも多くて、ユーザーというオタクがその尊さに限界化するようだ・・・。いや、違うか。
正気に落ち着くまで、景元さまはずっとわたしを待ってくれていた。大変申し訳ない。因みに贈り物はしっかり受け取った。
「今日は私に付き添ってくれ」
それが本日の私に与えられた仕事内容だ。一日景元さまのお傍にいて、彼との行動に付き合えば良いだけ。言うだけなら非常に簡単な仕事だ。だがわたしは少なからず彼をお慕いしている。顔が近いだけで、すぐパンクするようなわたしにとっては一種の拷問。お慕いしている人と行動を共にするのは、確かに嬉しい。嬉しいことだ。が、身がもつ自信が全くない。何故、付き添い人をわたしにした理由は全く思い浮かばないが、おう!やってやろうじゃないか!かかってこい!そんな虚勢を張らなくては一日を乗り切る自信がなかった。
景元さまは珍しく数日間連続した休暇をとれたらしく、その間ゆっくり屋敷で休まれるそうだ。たった数日で3ヶ月間の激務の疲れなんて癒せるわけがないとはわかっているが、少しでも疲れがとれるよう、わたしが頑張らねば!と気合を入れた。
朝食後、庭を散歩したいと言うので、景元さまのお隣をゆっくり歩いた。一緒にいるだけで鼓動は速まっていく。いい加減、慣れて欲しい・・・いや、慣れないままがいい。いつまでも不慣れで初々しいままであなたといたいから。
彼はわたしの歩幅に合わせて歩いてくれている。そういうことが何気なくできる男性は素敵だと思う。少しふたりの間に距離ができれば、こちらに柔らかい表情を向けて待ってくれる。でも待ってくれ、気を遣わなくてはいけないのは、景元さまではなくてわたしの方だろ!?
景元さまは急に足を止め、空を見上げた。わたしは急に止まれず彼にぶつかってしまったが、何も言わずその横顔を見つめた。風が彼の美しい銀色の髪をなびかせる。一体、彼は何を考えているのだろう。やがて目線をわたしへ落とし、わたしに顔を近づけた。
あ、と思ったのも束の間。唇をまた、奪われた。あなたのカサついた柔らかい唇は昨晩のそれより、もっと甘く感じた。惜しむように離れれば、彼はにっこりと穏やかに笑う。その口付けと笑顔にわたしは毒気を抜かれてしまった。
「け、景元さまっ」
「はは、悪いね。君があまりにも可愛らしいものだから」
「・・・か、可愛いと思えば、すぐ、キスするんですかっ」
「!」
その問いに景元さまは一瞬目を見開いた。わたしにしては、特に考えずに問うたものだったが、彼はわたしの思った以上に深く捉えていたようにみえた。そんなに真剣に見つめられれば、また昨日の二の舞いになってしまう。
「まさか、」
「?」
「広い星海に存在する全ての女性の中でも、君、ただひとりだけだ」
「景元さま・・・?」
相変わらず、景元さまの仰る意味は理解できなかった。だが、彼の表情や声は真剣そのものだった。
昼食後(しかもふたりっきりで)、読書することになり、景元さまの書斎へ向かい廊下を歩いていた。彼の書斎はパーソナルスペース故に、我々家政婦でも滅多に入れない。が、噂によるとかなり広く、載籍浩瀚で、小さな図書館とも言われる程らしい。
そのような話をきけばわくわくしてくるもの。今までずっと奉公のために働いてきたわたしは、恥ずかしいことにこの歳までに、まともな教育を受けたことはない。だから遠い昔、文字の読み書きすら満足にできなかった。そんなわたしに景元さまと上長は、わたしに文字だけでなく、必要な教養も教えてくれた。本当に、本当に感謝してもしきれない。長命種の永い時間を持ってしても、全て恩を返すことはできないだろう。幼い頃、恐ろしい程の不安の中、何処へ向かうかわからない星槎に乗り、奉公先へと運ばれた先が、ここで本当に良かった。
「いた!景元将軍っ!!」
「何用だ」
「休暇中のところ誠に恐れ入ります!至急のご連絡と、承認して頂きたい書類がございまして・・・」
わたしより若そうな文官が息を切らしてこちらに向かっては、ばつが悪そうに書類の束を景元さまに見せた。それを見た景元さまは、はぁ、と息を吐き、やれやれとした様子で首を横に振った。
「仕方がない。すまないが{{name}}も手伝ってはくれないか」
「はい!勿論です!」
わたしたち3人、景元さまの執務室へ向かうことになった。噂の書斎に行けなくなって、少々どころではなく、かなり残念だが、彼の立場上、こういうことが起きるのも致し方ないのだろう。色々な本読みたかったな。
はじめて入室する景元さまの執務室は、家政婦たちに与えられる個室よりも随分と広かった。だが、景元さまは仕事を持ち帰らない方と聞いていたので、大きなデスクの上には特に何も置かれていない。恐らく、引き出しの中も特に何も入っていないだろう。景元さまのことを考えれば、屋敷に帰ってまで仕事はしたくはないと思う。その横には、面談用にと思われる、ふかふかのソファと小さなテーブルが並べられていた。あとは本棚があるだけ。思ってた以上にシンプルな部屋だ。
ふと、景元さまのいる方に顔を向けば、彼は文官と話していた。ちょうど仕事の話が終わったのだろう、文官の彼は、申し訳なさそうに何度も何度も景元さまに頭を下げ、「お疲れ様でした、将軍!ごゆっくりお休みください!」と言って、急いで執務室を後にした。
ふたりっきりの静かな執務室で、景元さまはデスクの前に座り、書類一枚一枚丁寧に目を通す。わたしは彼の近くに立ち、待機していた。景元さまを一瞥すれば、わたしを見つめる柔らかな眼差しとは違う、真面目な表情にドキっとする。これが所謂、「お仕事モード」の彼なのだろう。うう、かっこいい、顔が良すぎる。わたしはすっかり語彙力を失ってしまった。一瞥どころか、最早ガン見と言えるほど彼の素敵な横顔をずっと見つめていた。
「{{name}}」
「! はいっ、いかがされましたか?」
「悪いが、書類の整理を手伝ってはくれぬか」
「勿論!お任せください!」
書類の量もそれほど多くもなく、ふたりで行った為、あっという間に片付いた。明日以降は、景元さまに急なお仕事が来ませんように。
屋敷の縁側でお茶を飲みながら休憩しないかと、恐る恐るたずねたら、景元さまは快く承諾してくれた。先に待っている彼に冷たい緑茶を用意して縁側に向かう。わたしに気が付いた景元さまはおいでと手招いた。わたしは彼の隣に腰を下ろし、緑茶の入ったグラスを手渡した。そっと飲めば口の中に清涼感と緑茶の香りが広がる。我ながら美味しい。
「私たちが幼かった頃も、」
「?」
「こうして、剣の稽古後に君は気を遣わせて、師匠と私にお茶を淹れてくれてたな」
「・・・はい、懐かしいです」
まだ、わたしたちが幼くて、景元さまが御両親の反対を押し切って雲騎軍に入隊し、鏡流さまに弟子入りした頃。時々おふたりは屋敷の庭で稽古をするときがあった。わたしは業務をサボり、その様子を縁側からよく眺めていた。稽古が終わりそうな頃合いに、わたしは今のようにお茶を淹れては、縁側で休憩するおふたりに差し上げていた。稽古に励むあなたはかっこよくて、淡い憧れのような気持ちを抱いていた。やがて”憧れ”から”恋心”に変わってしまったが、あなたをお慕いする心は、はじめてお会いしたときの心が奪われた感覚を覚えた瞬間から、決して変わらない。これからも。
彼を見上げれば、わたしが座っている位置からでは、景元さまの長い前髪で表情は見えない。口元は確かに笑っていたが、目線はどこか遠くを見ているように感じられた。わたしの視線を感じたのか、彼はゆっくりとわたしに顔を向けては、右手の長い人差し指でわたしの顎をくいっと持ち上げ唇を奪った。彼の唇は濡れていて少し冷たかったが、今のキスも、やはりとても甘く感じた。
「・・・、君がいいのなら、またこうして私に茶を淹れて欲しい」
「は、はい、もちろん、です、あの、景元さま」
「ん?何だい」
「どうして、わたしに、き、キス、するのですか」
「君は何故だと思う、{{name}}?」
質問に対して質問で返されてしまった。彼の、わたしを見つめる眼差しも、わたしの名を呼ぶ声も、砂糖を煮詰めたかのように、どろどろに甘くて優しい。何故と返されたって、わからないものはわからない。でも確かに言えることは。
「う~、わからないです。でも、それなりに理由はあるんですよね」
「ふ、勿論、・・・おいで{{name}}」
景元さまは右腕を広げ、わたしは彼に体を預けるように寄りかかる。広げた右腕はわたしの右肩をぎゅっと抱き寄せてくれた。こんなにもあなたと近くにいたら、今までは緊張で心臓が跳ね上がり顔全体が熱くなってどうしようもなくなるのに。不思議と落ち着いている。別に慣れたというわけではない。その証拠に鼓動は早く相手にも伝わりそうなくらいうるさい。もっと、もっと景元さまのお傍にと体を寄せては密着させる。
「っ、・・・{{name}}?」
わたしは呼び声には応えず、景元さまの厚い胸板に顔を埋める。彼はゆっくりと左腕もわたしの腰へ回して抱き締めた。ひとつには決してなれないのに、お互いの躰を少しでもくっつくよう抱き合い続けた。
「うん、・・・え!!」
目が覚めれば、わたしは仰向けの景元さまの体の上でうつ伏せになっていた。ど、どういう状態で寝てたんだ!わたしたちは!確かここでお茶を飲んでいて・・・?ともかく、彼の体から降りるべく動こうとしたが、強く抱き留められて身動きできない。
「{{name}}・・・」
「!」
顔を覗けば景元さまはまだ眠っている。その寝顔も綺麗なのは当然だが、いつもより幼く無垢にみえた。「将軍」という地位まで上り詰めた彼も、こんなふうに無防備に眠ることもあるのに驚いた。とても愛おしく思える。
「好きです、景元さま、心からお慕いしてます」
あなたはわたしをきっと、ただの家政婦のひとりにしか思っていないでしょう。それでも構いません。どうか、これからもずっとお傍でお仕えさせてください。・・・できればその、あまり思わせぶりで期待させるような言動は控えて頂ければと思います。もしかしたら、と自惚れてしまいます。
「自惚れではないよ、{{name}}」
「!!! 景元さま??!」
わたし、声に出していた?!いや、自惚れではない・・・?
それって、それって、
「それは、景元さま、あなたは、わたしを、ん・・・」
続きを紡ごうとした途端、ぐいっと頭を寄せられ、まるで口封じのように唇を奪われる。わたしの唇を吸い付けるように、リップ音をわざとらしくたてるそれは、今までのどの口付けよりも、一番に甘かった。