今日の業務が終了した僕は早足で自宅へ向かう。
今日も君に逢うために。
エレベーターに乗り最上階の僕の部屋へ。街のビルがどんどん小さくなっていく―この時間さえ惜しく感じる。夜景が綺麗だから、という理由でここのマンションにしたけど、君と出逢ってからはそんなこともどうでもよくなってきた。ベタだけど、君の方がずっと美しいから。これはちゃんと君に直接伝えなくちゃね。
最上階、最奥、鍵を開けて部屋の中に入る。その瞬間、肩の荷が下りたせいか、どっと疲れがのしかかる。はぁ、今日も疲れたな。そうだ、今夜はうんと君に癒やしてもらおう!鞄を置き、コートを脱いだ僕はまっすぐに君がいる寝室へ向かう。
ああ、シャワーを浴びる時間さえも惜しい!最悪、明日の朝に浴びれば問題ないだろう。
「ただいま、戻ったよ」
君はぐっすりベッドで眠っているから返事はおろか起きることもない。まぁ、いつものことだけど。
僕はバリア越しに、眠る君へ口付けする。僕が造り出したバリアの中に閉じ込められ、生まれたままの姿で眠る君は本当に美しい。彼女の隣へ横たわり、その愛らしい寝顔を眺める。
「はぁ・・・本当にきれい」
思わず溜め息が漏れる。なんとなく目に入ったバリアに写る僕の顔は緩んでいて、うっとりとした表情をしていた。そんな自分の顔に苦笑したけど、君がきれいすぎるのが悪いんだからね。・・・いつまでも君の顔を見ていたいなぁ。
「そうだ、聞いてよ、今日同僚が―」
今日仕事中で起きた愚痴を君にこぼす。君はどんなときも僕の話を真面目に聞いてくれるし、親身になって悩みに対して考えてくれる。容姿が美しいだけじゃない、心だって君は優しすぎるくらいに広くてきれいなんだ。
言わなくてもわかる。僕と違って君はとても育ちが良いってこと。きっと家族仲も良いのだろう、愛されて育った君を僕は両親から奪ったとさえ考える程に。でも僕だって姉さんとの姉弟仲なら、他のどんな兄弟にだって負けないよ。
・・・君に話したら楽になったよ。君には悪いけど、また愚痴を聞いてもらうときがくるかもしれない。君も何かあったら何でも僕に相談してね?お金が必要なら遠慮なく言ってほしいし、どんなときも僕は君の味方だからね。
・・・そういえば、以前、君は僕の瞳がとてもきれいと言ってくれてたね。たしかにたまに言われることはあるけど、君の方が・・・
・・・・・・?
あれ・・・・?
・・・・君の瞳は、どんな、瞳だったけ・・・
あぁ、なんてことだ。
君の瞳が、何色で、どんな風に美しいか、忘れてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・そんな、やはり、思い出せない。
今、確認しようにも、バリアの中の君は瞳を閉じていてわからない。
・・・したくなかった。
・・・・・本当は、こんなことはしたくなかったんだ。
バリアの中に君を眠らせて閉じ込めるなんてこと・・・、本当、だよ?
でもこれは、君を護るためなんだ。
君を愛する僕の責務であり義務。
君は、周囲に注意を向けるのが少々苦手なところがある。そのおかげで君は過去、幾度も命の危機が迫っていたことを知らない。気がつく前に僕が守っていたし、これからだってそうだ。
・・・だからね、外は危険なんだよ?
それに、自覚がないようだけれど、君はとても多くの異性に好意を抱かれてるんだよ?
知ってた?何度も僕は君をとられるんじゃないかって凄く冷や冷やした時があったこと。それくらい君は魅力的な女性なんだ。こんな僕にも明るく優しく対等に接してくれて、素敵な笑顔を向けてくれて、まるで女神様みたいだって、はじめて逢った日からずっと想ってた。
・・・そうだよ、一目惚れ、なんだ。言ってなかったかな。
恋愛なんて以前は全くって言うほど興味無かったのに。
でも君はそんな僕の心をいとも簡単に奪って、めちゃくちゃにして、苦しめた。
何度も君にアプローチして、想いを伝えて、やっと通じたときは、はしゃぎたい程嬉しかった。僕はこう見えて凄く一途だから、一生、離す気はないよ。それは前にも話したと思うからわかってるはずだよね?
でもね、僕は・・・凄く臆病者なんだ。僕は、君が誰かに奪われるのが、失うのが、非常に恐ろしい。なら、いっそ僕にしかわからない所に閉じ込めておいたほうがいいとさえ思えた・・・。今だって、この選択が正しかったのかどうか僕にもわからない。
でも、君にだって、多少の非はある。
君は・・・・僕の庇護から何度も逃げようとしたじゃないか。
・・・・どうして?
誰だって、勿論僕だって完璧な人間じゃないけど、危機感が無いことが欠点の君は僕が護るしかない。
僕なら君を護れる。
ただ、僕は君を護りたいだけなんだ。
何故なら、僕は「存護」の運命を歩む者だから。誰かを護れる力があるから。
そうだろう?僕の愛おしい――
「――・・・・・」
君の美しい名前を呟く。
バリア越しに君の頬に右手を添える。
ああ―――・・・・・
僕は君の声すらも忘れちゃったみたい。
時間の流れは残酷だ。
あんなにも僕らは沢山会話をしたのに。
それですら、僕から君の欠片を奪っていく。
目の前に君はいるのに、
きっと小鳥のさえずりのような可愛らしい声なのだろう。
君の声で僕の名前を今一度、呼んで欲しい。
声が聞こえるたび僕の心を掻き乱したその声を。
頬を桃色に滲ませて、眩しい笑顔を向けて・・・・
『今日もお疲れ様です、アベンチュリンさま』
と、そう、声をかけて欲しい。
僕は君の腰辺りに腕を回して抱き寄せた。
感じるのは君の尊いぬくもりではなく、バリアの残酷な冷たさ。
・・・・最後に君の柔肌に触れたのはいつだろう。
触れるたび、顔を赤くして、初々しく恥じる君は愛らしくて・・・・・本当に僕を退屈させなかったね。
触れたい・・・
その肌を赤く染めて、何度も何度も君の躰を愛撫して――
唇に、耳に、額に、頬に、首筋に、鎖骨に、胸元に、乳房に、その先の突起に、太ももに、恥ずかしいところだって、全て愛してあげたい。
そうして僕の与える快感にびくびくと耐える君も、限界を超えて吹き出し、シーツと僕の顔を潮で濡らす君もまた見たいなぁ。
もう、限界なのかもしれない。
いつまでもこのまま君をこうして閉じ込めるなんてこと。ずっと僕の良心のようなものがえぐられる感覚も、もう見て見ぬふりをしたくない。
思い出したいんだ。
君の瞳、君の声、君の表情、君のぬくもり――
取り戻したいんだ。
君と僕の関係を。
君とまた思い出をつくりたい。
君が望むところ、どこへでも連れて行ってあげるから。
君が望むもの、なんでも買ってあげるから。
そして許して欲しい。こんなことをした僕を。
困ったように笑って、何もなかったように流して欲しい。
結局、僕は君を護ってなんかいなかったんだ。護るためにとかいって君の気持ちを無視していた。
逃げていたんだ。君と向き合うことを。
言っただろう、僕は臆病者だって。ようやく君と気持ちが通じ合ったのに、君に嫌われるのが何より怖かった。君は知ってるかい?僕がクールにすかしているのはただの表面上で、本当はいつ君に嫌われるかビクビクしてたこと。君と繋いでない反対の僕の手はいつも震えていたこと。
君と僕の間にあるバリアを解いて、目が覚めたら、謝罪してきちんと話し合おう。これからのことを。君はちっとも考えていないだろうけど、僕は君とのこの先のことも以前から考えていたんだ。
愛してるよ、星の数程いる誰かよりも、
だから―――
ぱちん。
僕は指を鳴らし、バリアを解いた。
君の小さな手に自分の手を重ねて、君にキスした。
いつ以来かわからない君の温かく柔らかい感触に目頭が熱くなった。
ぽとぽと、君の頬に僕の涙が落ちて弾ける。
そうして君はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした表情で僕を存在を確認した君は穏やかに、けどどこか困ったようにゆっくりと微笑んで、
アベンチュリンさま、
と、少しかすれた声で僕の名を呼んだ。