目が覚めたら、見慣れた工房に私はいた。父とふたりで経営している村の小さな工房。おもちゃの修理から人体のサイボーグ化までなんでもやるのが経営理念だ。私も技術者の端くれだが、父の技術力は宇宙一だと思うし、毎日その技術を盗もうと修行している。
おかしいな、今日は久しぶりの休日。いつも休日なら工房は父や弟子さんたちに任せているのに、何故私はここにいるのだろう。しかも、時刻は夜中を回っている。一体どうなっていて、私は今日一日何をしていたのだろうか?
それに、今日は―恋人が村に遊び来る日だ。
ブートヒル。
彼は、巡海レンジャーのひとりで、体のほどんどがサイボーグのカウボーイ。ひとりで星海を旅をしていて、たまに私に逢いに来てくれる。いわゆる遠距離恋愛だが、メッセージのやりとりはできるし、定期的に会っているから特に不満はない。
いつまでも突っ立ってないで彼を迎えに行かなくちゃ。なんとなく首から下がいつもより感覚が違うが、そんなことは気にしている場合じゃ――
―――?
動かない。
ふと、首を下に向けば。
首から下はサイボーグになっていた。
だが、胴体しかできていなく、腕や足はない。動けないようにしっかり固定までされている。一体、何がおきたのだろうか。私の体はどうして――
「目が覚めたか」
男性の声がした。この声には馴染みがある。声が聞こえた方向に首を動かせば、こちらにブートヒルが歩いて向かってきた。彼の表情はいつもより真剣でどこか申し訳無さそうに見えた。
「久しぶりブートヒル、なにがあったの?父さんは?」
「流石は星海トップレベルの工房の看板娘。こんな状況でも冷静だな」
ブートヒルは固定された私の近くに椅子を引っ張っては座り、状況を説明してくれた。
レギオンの襲撃。
殆どの村人は殺された。私はというと、瀕死の傷を負って倒れていたところを運良くブートヒルが発見した・・・というところらしい。私を生かすには体をサイボーグにするしか手段はなく、父とブートヒルでひとまず胴体のみ造りあげたということ。父は今、生き残りの村人の避難誘導と手当に奔走しているそうだ。
「・・・・アンタには悪いことをした」
「どうしてあなたが謝るの?」
いつも不敵に笑う彼が珍しくしおらしくて、申し訳なそうな表情をしていて、逆に私は驚いてしまった。彼は私の体を勝手に父とサイボーグにしたことに対して謝罪したかったようだ。
「完全な俺のエゴさ、それでもアンタには・・・」
「ブートヒル?」
「生きて、欲しかった」
彼は顔を下に向け、思いを吐いた。帽子の下に隠れた表情は今は見えない。きっと彼は父と苦渋の決断をしたのだろう。・・・私を生かすため。
「・・・このくらい、全然いいよ」
「っ!」
別に気にすることでもなかった。これは本心からでた言葉だ。でも、私は体をサイボーグにしてまで長生きしたいとは思っていない。これも本心だ。だが、「生きて欲しい」と願われたら、私はそれに答えてやりたい。それが恋人や家族の願いなら尚更。
「・・・なんか拍子抜けだな、アンタなら怒るか泣くかと思ったぜ」
「そう?なら、私のお願いきいてくれる?」
「ああ?いいぜ、何でも言いな」
「キス、して、いつもよりとびきり情熱的な口づけを、あなたから」
「・・・そんなのでいいのかよ」
ブートヒルは椅子から立ち上がり、両手を私の頬に添えた。顔を近づけ、こつんとお互いの額がぶつかる。唇が触れそうな至近距離で見つめ合う。いつも不敵で悪く笑う目は今日だけは違って、少し切なげだ。彼は目を閉じて、顔を私の左頬にすり寄せた。私たちのキスはすぐに唇を合わせない。ブートヒルはこうして唯一の「人間」の部分である顔で私にある程度触れてからキスをする。残り少ない人肌で人肌を感じたいからなのか、単なるクセなのかはよくわからない。彼の愛情表現の一種なのかもしれない、ちょっとくすぐったくて私は嫌いじゃないし彼の好きにさせてやりたいから。
あぁ――でも、私も首から下がサイボーグになってしまったから、彼に人肌を提供しづらくなっちゃったな。私の体のあちこちに彼の顔が触れるのはちょっと恥ずかしいけど嬉しかったから・・・。それは少し、いや結構残念に感じる。
再び目線が合う。私は彼を安心させるため柔らかめに目を細めに微笑んだ。
(大丈夫だよ)
「・・・目ぇ閉じろ」
私は彼の言う通りに目を閉じた。すぐに唇に柔らかな感触が訪れる。触れ合っては離れ、また触れ合う。つつくような口付けから次第に深くなっていく。私の唇を吸い尽くすようにリップ音が工房に響いた。ブートヒルは閉じていた私の口を舌でこじ開け口内へ侵入する。私の舌を己ので絡ませた。
「ん、ぁ・・・、は」
息が少し苦しくなる。でもとても気持ちいい。ブートヒルからする口付けはいつも激しくて、深くて、苦しくて、心地よくて、情熱的で。私が頼んだからか、いつも以上に。
流石に苦しくなってきて、薄目を開ければ、ブートヒルの赤く輝く瞳とぶつかった。それは私を惑わし、ギラギラと獲物を食らう獣のよう。普段の彼の瞳は黒色だが、戦闘時などに赤く光る。私と交わるときも。私はその瞳が大好きでたまらない。全てを見通されて、威圧されて、動けなくなってしまう。彼の瞳で見つめられて縛られるのが好きなんだと最近わかった。本人には言っていないけど。
「・・・、これで、満足か?」
「ありがと、ブートヒル・・・大好きだよ、誰よりも、宇宙一かっこいい私のカウボーイさん」
「っ!」
ブートヒルは私から目をそらし、帽子を深くかぶり顔を隠すが、隠しきれてない赤くなった耳が全てを物語っていた。彼は意外に愛情表現を頻繁にしてくれる。自分からするのは得意だが、されるのはあまり慣れていないようで、不意に私から愛を囁くと可愛い反応をしてくれる。
「・・・俺も、」
「?」
ブートヒルは帽子を取り、私の頭に被せ、軽く触れるだけのキスをくれた。
「・・・愛してる、アンタがサイボーグになってもそれは決して変わりはしねぇ」
「・・・うん」
「俺はアンタと違って器用な方じゃねぇ、アンタ以外の女を好きになる気はねぇし、愛せる気もしない」
こつん、とまたお互いの額がくっつく。
「私も、ブートヒル以外の男性は好きになれないから器用じゃないよ?」
「だー!まだ話の途中だっつーの!黙って聞け!」
「ごめんて」
「・・・、アンタを連れて行く」
「え?」
「親父さんには悪ぃが、アンタが傍にいないのはこれ以上耐えられねぇし、守れるもんも守れなくなる」
「そうだね、父さん、許してくれるかな」
「親父さんが許す許さないじゃねぇ、アンタはどうしたいんだ。俺は・・これから往く旅の傍にアンタがいてくれたら、」
「私は・・・」
ブートヒルの眉が珍しく下がり、不安げな表情で私をみつめている。
私がいなくなったら工房や父さんはどうなるのだろう。最近の父さんの体調だって、いや最近、弟子を迎えたばかりだから―
ううん、そうじゃない。私がどうしたいかだ。
そんなの最初から答えは決まっている。
「ブートヒルと一緒に行きたい、ずっと傍にいたい」
「! あぁ、そうこなくちゃな!」
ブートヒルはニッとギザギザな歯を見せて私の頭をわしゃわしゃと撫でながら笑った。どこか安心したようにも見えた。
「親父さんには俺から言っておくから、アンタはもう寝な」
「だめだよ、ブートヒル。ふたりのことなんだから、明日一緒に父さんにお願いしに行こ?」
「ヘイヘイ、わーったから」
ブートヒルは椅子に座り、私を固定している器具の高さを自分の胸まで調節し、抱き枕のように私を抱きしめた。耳元に彼の息がかかりくすぐったい。
「あ、ぶ、ブートヒルってば、この状態で寝るの?」
「あぁん?何か文句あんのか?」
「・・・ううん、別に。ちょっと驚いただけ・・・おやすみ」
「ああ、おやすみハニー、良い夢を」
私はブートヒルの腕の中で眠った。こうして一緒に眠るのはいつ以来だろう。安心しきってグッスリ眠れる夜だった。
後日、私たちは父さんにめちゃくちゃ酷く怒られ、父さんとブートヒルは殴り合いに発展しそうになりかけた。でも、なんとか許可がおりて、怒りながらも半泣き状態な父さんと弟子たちに見送られながら、ブートヒルと工房を後にしたのはまた別のお話。